すべての「描く」人達へ贈りたい、美大受験マンガ『ブルーピリオド』の世界
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すべての「描く」人達へ贈りたい、美大受験マンガ『ブルーピリオド』の世界

この記事を書いた人

安藤エヌ

日大芸術学部文芸学科卒業。フリーライターとして活動のかたわら創作をし、文章執筆の他にアマチュアとしての写真撮影を趣味とする。 レビュー執筆では文学・映画・アニメ・漫画等、ジャンルは多岐にわたる。 Twitter:@7th_finger

これを読んでいる皆さんの中には、

・絵を描くことが好き
・SNSなどで自分の作品を投稿している
・創作することが楽しい

という方もいるのではないかと思います。SNSの普及で、昔よりも一段と自分の作品を世に送り出すハードルが下がりました。創作が好きな人は思い思いに表現欲を爆発させることが可能となり、受け手はあちこちで個性的な作品を目にすることが出来るようになりました。

自分の想像する世界を形にして世に送り出し反応をもらえる嬉しさは、経験したことがある人なら誰しも感じたことがあるのではないでしょうか。
表現することは楽しい……けれどその反面、苦しい一面も併せ持っています。自分が本当に描きたいものは一体何なのだろうと思い悩んだり、技術面で伸び悩んだり、他人と比較して落ち込んだり。

評価が目に見えることにより、様々な悩みを抱きながら創作をしている方も多いのではないかと思います。その悩みは、創作をしている人に等しく平等に訪れます。絵という表現手段でなくとも、小説だったり音楽だったり、とにかく自分の中から何かを創り出そうとしている人にはつきものといってもいいでしょう。

これから紹介する『ブルーピリオド』は、そんな「創作をすること」への苦しみや葛藤を「創作としてのマンガ」で描き出した、まさに「創作をする人のためのマンガ」といえる作品です。

登場人物と読者の心情が近づくことにより、マンガから受け取るものがよりリアルに、ダイレクトに胸を揺さぶり、「諦めずに作品と向き合い、粘り続けてみよう」という気持ちの火種になるかもしれないパワーを秘めた作品なのです。

ブルーピリオド(1)
(出典:ブルーピリオド(1):山口つばさ)

スポ根×美術――新しい観点で描かれる気鋭のマンガ

「このマンガがすごい!WEBオトコ編2018年2月」「みんなが選ぶTSUTAYAコミック大賞2018ネクストブレイク部門」で堂々の1位&大賞を受賞し、注目を集めた美大受験マンガ、『ブルーピリオド』。この作品は、努力をすればそれなりの結果が得られ、友人ともそつなく付き合える……だけどイマイチ自分の進むべき道が分からずにいたインテリヤンキーこと矢口八虎(やぐちやとら)が、ひょんなことから美大を受験することを決心し、絵の世界にのめり込んでいく姿を描いた〝スポ根美術マンガ〟です。

美術に没頭する主人公の苦悩と葛藤、そのもどかしさ


主人公の八虎は先に述べたように、それなりに学べばそれなりの結果が得られるほどの要領の良さを持っているので、学校の成績も申し分なく、そして人間関係においても波風が立たないように振舞えるキャラクター。ですが美術の世界は、そう簡単にはいきません。自分自身との闘いともいえる正解のない世界の中で、八虎は必死にもがきながら自分の中の表現をキャンバスに炙り出そうとします。

自分の描きたいものに近づけたかと思いきや、その先でまた遠のいてしまう。地団駄を踏みたくなるようなもどかしさを感じながらも、八虎は着実に成長していきます。
筆先から感覚を掴もうと、キャンバスに文字通り〝食らいつく〟……そんな姿が、スポ根の精神と似ていると感じます。
スポーツと芸術というのは、もしかしたらかなり近しい位置にあるのかもしれないですね。

楽しいだけじゃやっていけない、それが「絵を描くということ」

そんな『ブルーピリオド』の中で、一際好きなシーンがあります。それは八虎の絵が以前描いた絵の焼き回しだと言われ、自分の実力の程度を思い知らされてしまうシーン。
自室で冷静を装いながら、「次はこうしてみよう」「ああしてみよう」と考える八虎。しかし彼の中で「あのとき掴みかけた感覚」は既に失われてしまっており、電話越しで話す母親の「好きなことだから頑張れるんじゃない?」という言葉のあと、八虎の独白が続きます。

好きなことをやるって いつでも楽しいわけじゃないよ
(引用:ブルーピリオド/山口つばさ/3巻)

八虎の心の叫びに、私は深く共感しました。好きなこと=楽しいことではなく、極めていこうとすればするほど、身をよじる程の辛さが待ち受けているのだということに。

鋭い共感、息苦しさの共有。その先に得られる読後感こそが魅力

美術の世界の深い部分を知らずとも、ぞっとするような恐ろしさと、創ることの楽しさを両方感じられる作品『ブルーピリオド』。
美大を目指す彼らの目標とする場所は、趣味で絵を描くことの先にあり、それゆえに苦悩や葛藤の切っ先も鋭く、傷を負うこともしばしば。

ですがきっと日々創作をしながら生きている人には、彼らと同じような苦しみを感じたり、またこの作品を読みながら共感できる人もいるのではないかと感じます。
息苦しさに似た気持ちを感じるかもしれませんが、それでも読後感には大きな充足感がある、と胸をはっていえる作品です。

今回紹介した作品はこちら

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